卒制に取り組む皆さんへ
「卒制」とは、芸術系の大学や美術系専門学校の学生が、卒業前に行う研究を意味します。今日も、多くの美大生が卒業研究で悩んでいます。 しかし、書店には建築科の学生に向けた「卒業設計」のマニュアル本は並んでいますが、「卒業制作」略して「卒制」に関する本はまだ出ていません。私は多感な美大生たちが悩みから解放されるように、原稿を書くことにしました。
学生は自由な裁量で自分の研究を進めることが可能ですが、実際の制作は容易ではありません。想像を絶するプレッツシャーにさらされ、審査会の締切りに終われ、自由という名の不自由さを存分に味わうことになるからです。
特にデザインを専攻している学生にとって、卒制の定義はひときわ難しくなります。油絵や彫刻などファインアートの卒制では自己表現を通じて芸術を追究しますが、デザインの卒制では他者への配慮を念頭に置きつつ、自分の欲求をかたちで表現しなくてはいけないからです。
アートとデザインのはざまで、大きな夢を抱きながら未知のスケールで立体を制作するとき、正解を見出すのはなんて険しい道のりなのでしょうか。「卒制 悩み」のキーワードで検索すると、学生たちが綴った数多くのブログがヒットします。彼らは手探り状態のまま、ゼミやバイトや飲み会の合間に、ひとりで悶々と卒制に向き合っているのです。
ここで、「一生懸命に頑張れば、きっと自分の作品は評価されるだろう」と考える学生は少なくありません。多くの美大では優秀作品を表彰していますから、「全力を尽くせば、最後の講評会で自分の作品はきちんと判断される」と信じて、彼らは制作にまい進するのです。
しかし卒制にはトラブルがつきものです。卒制に懸命に取り組む気持ちはあるのに、何から始めれば良いのかわからなかったり、思った通りに評価されなかったり、時間が無為に過ぎていったりします。あげくの果て、一生懸命に頑張ったにも関わらず、表彰されなかった時の悔しさを皆さんは想像できるでしょうか。順調に研究を進めて卒制で表彰される学生と、そうでない学生の違いはどのように生まれるのでしょうか。
皆さんは「卒制に何らかの手引きがあったらいいのに」と思ったことはありませんか。
卒制では学生の数だけテーマが生まれるので指導方法も多岐に渡るのが普通です。
かつて私が「効率の良い指導方法を探っている」と口にすると、同僚の先生たちは「卒制にマニュアルは存在しない」と首を横に振りました。しかし、これだけ知識と研究方法が集積した21世紀において、先生も美大生も、毎年ゼロから研究を始めなければいけないというのも妙な話です。私は自分が美大から工学系の大学院に進学した時の経験を活かして、卒制を体系的にまとめてみようと考えました。アートの発想と、工学の研究方法を統合したデザインプロセスは、誰のどんな卒制にも応用できる仕組みになっています。
この原稿では、ファッション、プロダクト、インテリア、スペース等、卒制で立体作品を制作する学生に向けて、効率的な研究の進め方を書きおろしました。衣服、ロウソク、植物、鏡などを用いた学生の作品実例も、本人の承諾を得て、写真付きで紹介しています。
学生時代に卒制でうまくいかなかった私が、やがて美大の先生となり、卒制を担当するまでに知りたかったすべてを記しました。まず、「そもそも卒制とは何か」という解説に始まり、学生のタイプ別傾向と対策を記しています(参照:8-1)。そして私が自分のゼミで実践した制作の五つのステップをまとめ(参照:9)、2006年2月から2008年2月に優秀賞を獲得した学生4人へインタビューも行いました(参照:10-1)。また、先生のタイプ別傾向と対策(参照:8-5)、美大生のための血液型占い(参照:A型)、卒制にまつわる悩み(参照:Q.1)までを網羅しています。
卒制の取扱説明書として、現役の学生の皆さんだけでなく、卒業生の皆さんにも一読して楽しんで頂けたら幸いです。卒制をめぐる楽しさと苦しさ、作品を作り上げるまでの醍醐味を共に味わい、明日からの新たな制作の糧にしましょう。合言葉は「卒制に勝つ!」





