You are here: Home // 卒制に勝つ! // 10-4.若槻千鶴さんに聞く(1)

10-4.若槻千鶴さんに聞く(1)

Share |

第10章 卒制の勝者にインタビュー

若槻千鶴さんに聞く (2007年度卒業生 奨励賞)

若槻さんは卒業後、印刷業に従事して朝から晩までDTPのすべてを手がけています。昼夜を逆転した勤務時間で、膨大な量の仕事を一人でもくもくとこなすのはさぞかし辛いだろうと思いきや、本人はいたって明るくマイペースに過ごしているようです。「大学を卒業しても、学校にいる時のように社会で何かを学んでいる感じです」と笑う若槻さんは、いつのまにか勤労学生のような強さと健全さを身に着けていました。誰にも負けない粘り強さと、物事に取り組む時の情熱が一体どこから来るのかを探るべく、学生時代を一緒に振り返ってみました。

(1) 夢の箱と完全コピープロジェクト

―「夢の箱」制作の課題(参照:9-1)をどう思いましたか?

「課題の内容を聞いた瞬間、『箱型にするのはやめよう』と思いました。パカッとあく形だけが箱ではないはず、私の場合は本の箱にしよう、と思って、そうだ、国語辞典の箱型のカバーを使って自分なりの箱を作ろうと決めました。課題は直感でこなしているのでアイデア的には即決でしたが、ただ編集に時間がかかりました。

―発表日に青い顔で現れたから、大丈夫?って聞いたら『ここ三日間、寝てないんです』って言ったのよね。1ページずつ手作りで印刷して、製本するのは大変だったでしょう。

「いえ、大変というよりはとても楽しくて、さらにあの作業は、自分の脳内を覗くことが出来ていると思いました」

―若槻さんの憧れる人たち、それこそ菅野美穂からピカソまで沢山の人たちの名言がみっちりまとめられていて、ページをめくる度に強い思い入れが伝わってきました。2冊組で、好きな人達の言葉を印刷した方の本の表紙に「Catch」、まっさらな紙が綴じてある方の表紙に「Release」と印字してあって、これからどんな若槻語がつづられていくのか楽しみだなあと思ったのを覚えています。夢の箱にかかった費用は幾らでしたか?

「紙代のほか、インク代も含んで2500円程度です」

―あの時、夢の箱で本を編集した若槻さんが、卒制で本とロウソクのプロダクト一連を編集したことには関連性があるような気がします。若槻さんは、大量の情報にインデックスをつけて編集することと、再構成することを得意としている、と私は解釈しているのですが、そのあたりはご自分ではどうですか。卒制と現在の仕事とつながっていますか。

若槻さんの卒制。
展示会場に若槻コーナーを作り上げた。
研究テーマは「儚いモノのRe;Design 蝋燭」
チョコレート、コーラ、チーズ、ガムの形をした
ロウソクと、研究内容を記した本、そして
ポスターがポップな雰囲気を盛り上げている。


「現在の仕事は次へのステップアップ的に考えているので、私の夢とは無縁な気もします。大量の情報にインデックス、という考え方はしたことがありませんが、自分を搾り出して大量の情報をまとめることは昔から好きだったと思います。でも、重視しているのはまとめ方より、むしろ思いつきの発想の方です」

―どうやって発想を得ていますか。

「課題を聞いた時にすぐに形が見えなくても、何々を表現したいと思って、それをいい感じに形に落とし込むのが好きです。徹底的にやりたい事があるほうが、うまくいった時にやった!という喜びがありますね」

―若槻さんは前期中、精力的に実験に取り組みましたよね。「完全コピープロジェクト」では膨大な量のロウソクを溶かしては、トイレットペーパーをロウでひたしてみたり、折り鶴をロウでひたした紙で作ってみたり、レースの布地もロウで染めたりしました(参照:9-2-3)。

ドクターストップがかかった一幕もありました。『ロウの蒸気を吸いすぎた』と言って、ガラガラの声でお医者さんの診断書を持って現れたときは心底驚きました。でもその成果は7月末の前期末レビューで多くの先生に認められたから、後期も好調のままスタートを切るかと思っていたんです。そうしたら夏休み後あたりに、一回、嫌になってキレてましたね。『ロウソクなんて全然好きじゃないのに。みんなや先生に薦められてテーマに選んだものの、後悔している!』と。

「前期は『卒制のテーマはロウソクで行くんだろうな』とは思っていました。でも実は、実験していても発想はゼロだったんです。『完全コピー』で1回ロウソクに取り組んだら、ゼミのみんなが盛り上がった。でも自分では、なんとなくやっちゃった結果だったので、周りにほめられても何とも思わなかったんです。軽い気持ちで、『だったらロウでいけるんじゃない』ぐらいの感じでした。手当たり次第にロウソクの実験をしても、穴埋め的な作業の『やってるつもり』が通用していたので、特に危機感はなかったんです」

―そんな軽い取り組みだったの?やっつけ仕事とはつゆしらず、若槻さんの発表はいつもクリエイティブで実験精神に富んでいたから、みんなで『健康を犠牲にしてまで頑張っていてすごいなー』と思っていたんですよ。

「後期になったら爆発しました。『今さらだけど、このテーマ広がんないじゃない。ロウの実験の何がすごいのか、いまだに分からない!』と思って。杉原先生が前期の成績でAをつけたのも、自分の頑張りを見透かされたようでした」

―あれ?A(良)をつけたっけ。S(最良)じゃなくて?なぜだろう。きっと予算の使い方が少なかったとかそういう理由なのかしら。若槻さんの頑張りは評価していたと思うんだけど。(つづく)

Trackback URL

Leave a Reply

Copyright © 2009 Atelier OPA. All rights reserved.
Designed by Theme Junkie. Powered by WordPress.