(1)卒制とは美大生に課される試練である
「卒業制作」はなぜ難しいのでしょうか。どんなに成績が良くて楽天的で前向きな学生であっても、卒制に取り組む一年間の間に必ず一度はスランプの壁にぶつかります。いったん足を取られてしまうと、本来のやる気はどこかへ消えて、のらりくらりと怠け気分で時間を過ごしてしまいます。
学生たちは言います。「もっと良いアイデアはないかな」「就職活動も並行してやらないと」「自分らしいテーマを探したいんです」そして自分探しに明け暮れているうちに、はっと気がつくと寒さが身にしみる季節になっています。慌てて卒制のテーマを確定しても、残された制作期間は展示まで賞味2ヶ月です。
しかし懸命に知恵をふりしぼり、火事場の馬鹿力で制作すれば、なんとか最終講評会に間に合わせることが出来そうです。徹夜を重ねた末に、なんとか作品を仕上げることが出来ました。
長いこと悩んだだけあって、我ながら良い出来ばえの作品だと思います。卒制では優秀な作品を表彰するので、もしかすると自分の作品も選ばれるかもしれません。高揚感と期待を胸に講評会に臨みましたが、知らされたのは無情なアナウンスでした。優秀賞に選ばれたのは他の学生の作品でした。「どうして?」期待していただけに、にわかには結果が信じられません。でも、自分の卒制が認められなかったのは事実のようです。
やがて落胆は憤りへと変わっていきます。「どうして先生たちは他の人の作品を評価したの?私だって頑張ったのに!」この1年間を振り返ってみても、自分は同級生と同じように頑張ってきました。むしろ人よりも悩みぬいて頑張ったぐらいです。それなのに、講評会ではあまり評価してもらえませんでした。
「卒制の判定は不公平!何を根拠に、私よりも他の人の作品が優れていると判定したの?先生の好みが偏っているのでは?」しかしそんな無念な思いは、卒制の展示会の間に氷解していきます。会場に足を運んだ両親や友人、後輩たちが「精一杯頑張ったんだからいいじゃない」「あなたらしい素敵な作品ですね」と評価してくれたからです。
改めて周囲を見渡すと、どの卒制も力作ばかり。学生の数だけ、個性豊かな作品がずらりと並んでいます。必ずしも大学に評価してもらえなくても、とにもかくにも全員が全力を尽くしたのです。だから、卒制は私たち一人ひとりの胸に輝く勲章なのです。
以上は、私自身が武蔵野美術大学・映像学科の学生だった時の実話であり、多くの同級生たちと共有した体験でもあります。学科に60人が在籍していて、そのうち優秀賞をもらえるのが2人なら、残り58人は当然、上記のストーリーを味わうわけです。栄光を夢見つつ、壁にぶつかり、ほとんどの学生は打ちのめされます。卒制とは、卒業年度の美大生が最後に課される試練なのです。
作品を表彰された学生たちは、その後何年も「大学で賞をもらった」という栄誉を胸に、日の当たる人生を歩んでいきます。作家として活動する写真家や画家は、プロフィールに「××美術大学 卒業制作 優秀賞」だの「大学買い上げ賞」と書くことを忘れません。一方、卒制で夢破れた学生たちは、「卒制の悔しさなんて忘れてしまえ」とつぶやきつつ、断崖から突き落とされた経験をひたむきな強さに変える獅子の子のごとく、人生を歩いて行かなくてはいけません。





