卒制は授業の一環ですから、学生には作品の意図を説明する責任があります。直感的に出来た作品であっても、作品が成立する経緯を客観的に立証することが出来れば、後世の誰もが同じように制作することが出来ます。作品の制作過程や、失敗を記録しておく必要があるのはそのためです。
しかし、一切の説明を省いてしまうと、誰もその研究を受け継ぐことが出来ません。他の誰かがまた一からインスピレーションを得て、試行錯誤を経て、やっと正解にたどり着くまでには、ずいぶん時間がかかることでしょう。教育の現場ではこういった時間と手間のロスを嫌います。学問とは思考と実践の積み重ねですから、誰かが思いついたことは、誰かが解明して初めて、研究という名の元に収束するのです。
ひらめき重視派の皆さんは、自分の直感のよりどころを検証してください。仮設検証型アプローチをとってみましょう。センスの良い学生はおそらく人よりも勘が鋭いのでしょう。しかしアタリをつけるスピードが早いだけでは卒制としては不完全です。主観的なひらめきを客観的に立証してみせた時、はじめて個人のインスピレーションは人類全体の知の遺産となるのです。
ここで、私のゼミに所属していた学生を紹介しましょう。木下ひろさんと言います。
(木下さんには、このような流れで紹介することをご了承いただきました。心より感謝します。)
木下さんは、私が担当した例年のゼミの中でも、一、ニを争うおしゃれな女子学生でした。彼女の選ぶメガネのフレームやマニュキアの色には、ニュートラルかつ洗練された雰囲気が漂っていました。そして作り出す作品にも、実にシックで大人っぽい世界観が反映されていました。そんな彼女が卒制のテーマに掲げたのは「10%のデザイン」でした。「自分は装飾的なデザインは好まないので、最低限のデザインを表現してみたいのです」と意図を説明してくれたとき、私はいかにも彼女らしいテーマだなと思ったものです。


木下さんの夢の箱。質感の異なる白い紙を丸めて無地の箱につめました。
インテリアやプロダクトデザインに関心がある学生なら、「100%デザイン」というロンドンの展示会を知っていると思います。毎年秋に開催される「東京デザイナーズウィーク」というイベントと合わせて、「100%デザイントーキョー」に足を運ぶ学生も少なくありません。もちろん彼女も、そんな熱心な学生の一人でした。四年生の四月には、ミラノで開催された大型家具見本市「サローネ」に足を運び、世界のデザインを目の当たりにして、いち早くトレンドを吸収した彼女だからこそ、あえて1%のデザインに挑みたいのでしょう。しかし、何をもって10%という単位を表現するのか、それが私には気がかりでもありました。
同時期、私は一年生を対象としたコンピュータの授業で、「50%、100%、150%のデザイン」をテーマに三枚の画像を作らせていました。気に入った広告やポスターを仮に100%のデザインと定義し、要素を半分に省いた画像と、色味や密度を過剰に増やした画像をフォトショップで加工して作らせて、デザインに対する視点を確立させようとしたのです。
私は彼女にも10%の根拠を説明するように迫りました。複数の作品を作ってパーセンテージを比較するか、あるいは表面積などを数字で明記して10%の理由を明示するように、と促したのです。しかし、私のアドバイスは採用されませんでした。
卒制が完成した時に、10%の理由を尋ねると、「加工を最低限におさえました」という答えが返ってきました。彼女が作った椅子は、細いステンレスの棒で木製の背板と座面を接合したシンプルな形に仕上がっていました。しかし私が懸念した通り、審査会では1%の解釈をめぐって先生たちがさまざまな疑問と持論をぶつけることになったのです。彼女は「ステンレスの曲げ角度も最低限のRで出来ている」と説明しましたが、掲げたテーマを表現したかどうか、評価がわかれる結果となりました。彼女はもうひとつ、フローリングを模した絨毯の作品を作っていたのですが、こちらに関する議論は時間切れとなったのです。


座り心地はしっかり安定しています。
今期のロンドンやミラノの展示会で目にしても不思議ではない、実にセンスある作品だっただけに、私は自分の指導力と、大学の評価の遅さを呪いました。得てして大学とはスピードの遅い機関です。トレンドが世界を席捲していても、その発信源が当の大学ではない限り、トレンドを咀嚼し、理解し、解決済みという棚におさめるまで、大学は時間をかけるのです。しかし卒制で世界のトレンドとの同調性やスピード感を述べていても、古株の先生たちに伝わるはずはありません。若手の教員として、私は説明責任の重要性を痛感しました。いくらゼミの担任が学生の能力を評価していたとしても、やはり当の学生が作品をかたち作る理由をみずから説明できなければ、先生たちと相互理解の境地に達することは出来ないのです。
おしゃれな学生にとって、コンセプトをいちいちひもとくのは野暮かもしれません。でも相手は野暮な大人たちです。作品で打ち出した仮説を検証してから説明したほうが、理解と共感は得られやすいと思います。(当時は、この事を、木下さんをはじめ、ゼミ生たちにうまく伝えられませんでした。4年が経ち、改めて木下さんとメールをやり取りして、温かい返事をいただきました。私は今、改めて自分の胸に問いかけています。「正直であれ、そして、ヒミツを共に解き明かせるゼミ担任であれ」と。)

木下さんと共に、2007年度の東北芸工大の大学案内の1ページを飾りました。プロダクトデザインに興味のある高校生に向けて、メッセージを発信したものです。私の中では、大学案内に載れば既にレジェンドです。(参照:7-5.卒制を制する秘策は大学案内にあり)





