いかがでしたか。「夢の箱」の発想は、多少なりとも卒制につながることがお分かりいただけたと思います。私は毎年、自分のゼミで「夢の箱」の制作を実施しているうちに、さらに制作のスタイルが読みとれるようになりました。このステップに取り組んだ人は、次にあげる四つの点をチェックして、自分の作品を読み解く手掛かりにして下さい。
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箱を製作した後に確認すること
1.制作費:規定の二千円を使いきったか
2.制作期間:1週間で完成したか
3.テーマ:表現内容を箇条書きにする
4.材料:使用した材料をすべて書き出す
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1.制作費について
判定:きちんと2千円を使い切った人は、経済観念が発達している人です。1980円、2010円というようにほぼ満額で材料を購入した人は、お店で買い物をすることに抵抗がありません。与えられた予算をまっとうしたということは、店頭であれこれ手に取って比較検討を行い、適切な材料を決定し、全体の予算を考えつつすべての材料を買い揃えたことを意味します。少額であれ、きちんと使い切るにはショッピングの手腕が必要です。ここで満額を使い、レシートの耳を揃えて持ってきた学生は、卒制でも計画的に予算を配分できると思って間違いありません。
次に、2千円を使い切らなかった人は、消費に対して少々勇気が足りない傾向にあります。
「家にある材料を使った」、「身近に使いたい材料があった」など、言い分はいろいろあるとは思います。しかし新規課題に対して手近な材料で済まそうとする人は、圧倒的に行動力が不足しています。「消費を押さえることは美徳だ」と無意識に信じているのかもしれません。材料代を節約しながらも、自分の作品には2000円の価値があると信じている人は、自分の作品の価値を買いかぶっています。プロジェクトマネジメントの観点から言うと、規定の予算を執行しない人は、作品の質をみずから落としている人だと言えます。卒制本番でも、材料を購入するまでに時間がかかることが予想されます。
そして、2000円を大幅に超える予算で制作してきた人は、どんでん返しを狙うタイプです。人と差をつけるため過剰な荒業を講じる人は、卒制でも人より一桁多い制作費を投入したり、睡眠時間をぎりぎりまで削って制作時間を増やしたり、無茶苦茶な作戦に走りがちです。結果が吉と出れば良いのですが、あなたの所属する学科が、こういう掟破りの作戦を歓迎するかどうかは微妙なところです。「実験を重ねるうちに提出までに制作費が何倍もかかった」というのなら、質を高めるために予算を投じたのだ、と理解できますが、単発の制作に大金を投じるのは、無計画な暴挙としか言いようがありません。規定の予算内で結果を出さなかったのは、実は不安の裏返しなのではないでしょうか。なぜ、規定以上の予算を使おうと決意したのか、本人の意図を確かめる必要があります。
2.制作期間について
判定:
ルール通り、一週間で仕上げた人:時間の観念がある人
提出日ぎりぎりで仕上げた人:作業が遅いタイプ
提出日までに余裕を持って仕上げた人:作業が早いタイプ
制作に一週間以上かけて仕上げた人:計画性が欠けている人
1週間を過ぎてから制作を始める人:掟破りの変人
卒制において、締切を守ることはとても重要です。ですから、規定の1週間で仕上げた人は安全圏内、それ以外の人は要注意人物だという兆候を読み取ることが出来ます。
私のゼミでも、時折、制作に1週間以上かけてくる学生がいました。仕上げた人壮大な夢を見れば、誰でも手を動かすのに時間がかかって当然です。しかし、こんな小さな課題でさえ締切をオーバーする人は、その後もそんな調子が続くと思って間違いありませんでした。中には提出が遅れた正当性を主張する人もいました。
「提出する週は自分の就職活動と重なっていて忙しかった」
「体調が悪くて制作が出来なかった」
しかし、そんな無邪気な言い訳も、卒制には通用しません。時間の逆算が出来ない甘い人間は、「1秒たりとも提出が遅れたら、死んでしまう」という覚悟を決めない限り、マイペースは永遠になおらないでしょう。
また、毎年ひとりは「人より秀でよう」と意気ごむ余り、後だしの提出を狙う学生がいました。提出日当日には手ぶらで来て、他の学生たちの箱の仕上がりをじっと眺めて、それより良い物を作ろうと考えるのです。ずる賢いというよりは、どこかずれているのですが、本人はその事実には気づいていません。このタイプは「時間をかければ一風変わったアイデアを出すことが出来る」と信じています。しかし一人だけ提出日を延長したところで、材料費の上限は変わらないので、実質的な作品の出来に変わりがないことは、「駆け込みダッシュ派の傾向と対策」の章で述べた通りです。これまではアイデア依存型の制作で乗り切ってきたかもしれませんが、卒制では、予算の消化と締切の厳守を肝に銘じるべきでしょう。
3.テーマについて
夢の箱で表現したかった事を、紙に書き出してみましょう。言葉にすると、あらためて自分の夢が明確になります。次に、自分が作った夢の箱を、他の人に見せて説明しましょう。友人や家族に見せるのもいいですが、思い切ってゼミの先生に見せてみるのも一興です。ものづくりのプロである先生ならば、あなたがどんな感覚に優れていて、何を得意としているのか、見抜いて解説してくれるでしょう。思ったような感想がもらえなかったら、それは、あなたの表現と、他人の評価の間にギャップが生じているということです。数人に見せていくうちに、テーマである夢を具現化するにはどんな客観性が必要なのか、だんだん見えてくるでしょう。
4.材料について
夢の箱に使用した材料をすべて書き出してみてください。今回使用した材料は、あなたにとって最も使いやすい材料ですね。つまり、買いやすく、扱いやすく、自由が利く素材という意味です。制作のテーマが夢であっても、人は身近な材料を使う傾向にあります。卒制でも同じことが言えます。今後、新しい材料に対する見識を深めなければ、あなたは同じ材料で卒制に挑もうとするでしょう。果たして、その作戦で卒制は無事に完成するでしょうか。
今後は意図的に新しい材料に目を向けてみませんか。卒制は大きなプロジェクトですから、新しい素材を果敢に取り入れることが大切です。逆に言えば、新しい素材を視野に入れない限り、アイデアも現状から発展していかないのです。
私自身の話をしましょう。私は大学二年生の時に作った夢の箱で、紙と糊しか使いませんでした。映像学科の学生でしたから、コンピュータ上でも画像をコラージュしたり、映像の編集機器で二つの画面をモンタージュしたりすることには長けていましたが、現実には何の素材も扱うことが出来ませんでした。
ですから、三年生の時に、ホースとポンプとアングルを用いて噴水を作り始めた時には、素材の扱いに苦労した一方で、新しい造形の可能性にとても興奮しました。
自分の殻を破り、作品の質の向上を目指すためには、新しい素材に触れることが大事だと思います。ぜひ、現在の手持ちの材料を自覚した上で、新たなスタートを切りませんか。
夢の箱のまとめ
「夢の箱」の制作は卒制の原型を探る作業です。ここが卒制の出発点です。
自分がどんな材料を用いて、何を作れるのかが如実に表れていますから、費用、制作期間、テーマ、材料についてじっくり分析してみて下さい。あなたはどんな素材をどのように配置しましたか。布を重ねましたか。石を積み上げましたか。糸を斜めに張りましたか。ちょっとした手癖にも、自分の美学は現れているのです。
時折、「この他にも自分には可能性があるはず」と思う人がいます。「夢の箱は一時的な課題であって、自分にはもっと大きな表現があると思う」と言って、一からアイデアを練り直そうとします。しかし、最初に見た夢に、やり直しは効くのでしょうか。私が思うに、一番最初の解答にだけ、表現欲求の純粋な形が現れているのだと思います。例え出来映えが完全ではなくても、そこには初期の意志が宿っています。夢の箱作りのポイントは、一発勝負の集中力です。
この課題を導入した初年度、私がゼミで各自の箱を講評すると、何人かは「作りなおしたい」と言いました。また、他の何人かは「もっと勉強してから、改めて夢の箱に取り組みたい」と言いました。私は作り直しを許可する代わりに、別の課題を彼らに与え、後期を思索の時間に充てました。4年の半ばといえば、誰もが新しいアイデアを模索する時期です。何か別の可能性が出てくるかもしれないからです。しかし年の瀬が迫ってくると、ほぼ全員が夢の箱のアイデアをなぞる形で卒制に取り組んだのは、「夢の箱、学生作品例」でご紹介した写真の通りです。
私はこの時に悟りました。どんなにインプットを増やしても、アウトプットは変わらないのではないかと。つまり、どんなに情報を仕入れたとしても、手足の動かし方はそう簡単には変えられないのです。頭はどん欲に新しい知識を吸収しますが、急に手先が器用になったり、フットワークが身軽になったりはしません。頭と手足が動くスピードは違うのです。卒制の計画を練っていると、つい、遠くまで探しに行きたくなりますが、実は青い鳥は身近にいた。夢の箱の制作は、私たちにそんな事を気づかせてくれます。
「作っている間、とてもワクワクする」
「完成すると、我ながら、自分の世界観に嬉しくなる」
というのがゼミ生たちの感想です。
卒制に対するフレッシュな思いを形にしておくと、研究に行き詰まった時、初心を思い出す道標になると思います。





