3.若槻 千鶴さん(2007年度)
若槻さんは4年生になってすぐにロウソクに注目しました。若槻さんによると、「ロウソクは消耗品だから、世の中にデザイン化されたロウソクはない」のだそうです。「お店に並んでいるのは実用的なロウソクか、ケーキや花の形に成型されていて、使わずに飾って取っておくようなロウソクばかりです」
確かに、装飾系のロウソクはアートの一種なのかもしれません。使うのが勿体無いロウソクは、デザインの機能を満たしているとは言いがたいからです。ロウソクの世界には形態のバリエーションは多々あれど、機能と造形の関係にまで踏み込んだ視点はいまだ導入されていないようです。
若槻さんに「完全コピープロジェクト」の課題の趣旨を話すと、翌週には新しいロウソクを制作してきました。それは、薄い紙のようなロウソクでした。立体から平面に形が変わると、まったく異なる物質に見えます。せっけんに紙せっけんがあるように、ロウソクにも紙状のロウソクがあれば、そこには新しい可能性が生まるのではないでしょうか。毎週、若槻さんはさまざまな新作を発表してはゼミのみんなの度肝を抜きました。
写真はすべて若槻千鶴さん提供
最初に彼女が作ったのは「ロウで出来たティッシュ」です。紙ロウソクの実験は、ティッシュペーパーに溶かしたロウを染み込ませる事から始まりました。出来上がった四角いティッシュは薄さと白さはそのままに、硬さを獲得していました。ゼミ室のテーブルで火をつけると、この新しいティッシュはあっという間に燃え上がりました。
「もともと燃えてしまう紙にロウを浸透させたところで、紙全体が芯の役割を果たしてしまい、長時間火をともすロウソクとしては成り立ちません」と若槻さんは言いました。
しかし私たちは目の前で繰り広げられた燃焼実験に大いに盛り上がりました。ロウソクの形状によって燃焼時間は確実に変わります。
彼女はこの時、もうふたつの対象をコピーして来ていました。ロウで固めたトイレットペーパーと、ロウを染ませた紙を綴じた本です。この時点では、彼女の研究がどんな方向に向かっていいるのかは不明瞭でしたが、とにかく、新しい可能性に満ちていることだけは確かでした。
若槻さんは集中的に実験を続け、コピー用紙、レース、難燃紙にロウを染み込ませました作品を翌週に持参しました。そして独自の実験結果を発表しました。
「ティッシュとコピー用紙はロウの浸透率が良いけれど、燃える速度も著しい」
「黒いレース布は網目にロウが浸透して、黒と白の色彩が美しい。しかし燃やす目的には向かない」
「難燃紙にはロウは浸透しない。しかし粘着性のあるロウを乗せると張り付きが良く、セ全体に火が燃え広がることもない」
こうした結果を踏まえつつ、若槻さんは実験を重ねて行きました。すでに、「完全コピープロジェクト」という課題の枠を超えて、ひたすらロウソク実験に没頭していったのです。さまざまな種類のロウを取り寄せて、高熱で溶かし、固める日々が続きました。
秋になって、「ロウを染み込ませた難燃紙で折った折り鶴」が完成しました。かつてのティッシュペーパーは瞬時に燃え上がりましたが、若槻さんはこの折り鶴に燃焼時間を延ばす工夫を施していました。あらかじめ綿紐をロウの中にすき込んでいるので、この芯に火をつけると、28分をかけて翼の一部が燃えていくのです。しかし彼女は改良点も見つけていました。
「折り鶴のロウソクを燃やすと、芯の周囲に焦げ目がつきます。ロウの厚みが少ないから焦げ目が生じるのだとわかりました。そこで、ロウの厚みを増やし、難燃紙の形を工夫しているうちに、焦げ目をつけずに、ロウが燃え続ける方法を発見しました」
この一連の紙ロウソクの実験は、やがて卒制で実を結びました。板ガム型のロウソクが完成したのです。ガムの包みを開いて火をつけると、芯に炎がともります。燃え尽きるまでに長時間楽しめるそうです。まるで本物のガムと間違えてしまいそうですが、実はパッケージのグラフィックもすべて若槻さんが手がけています。

「使用した難燃紙は株式会社デュポン製のノーメックス紙です。可燃性なので、使用後は可燃ごみとして捨てることが出来ます」
使用後のゴミの分別にまで思いを馳せる心配りに、恐れ入りました、と思わず言いたくなります。立体から平面へ、そして、紙から板ガムへ。コピーから実験を重ね、ついに新しいプロダクトが誕生しました。若槻さんの足跡を振り返ると、形態の模倣に始まり、素材の特性を研究しつつ、プロダクトの成り立ちへと発想が広がる様子が伝わってきます。
完全コピープロジェクトを実施すると、素材から技法が自然に導き出されていきます。発想につまったら、あえて興味のある対象を真似してみませんか。





