2.二股建士さん(2006年度)
何事にも決断が早い二股さんは、ゼミに配属された4月には既に就職先を決めていました。彼は大学に入学した時点から「2輪バイクに興味があります」と言っていましたが、その言葉通り、すぐにホンダから内定をもらいました。そんな二股さんは、卒制のテーマに「絶対起床」を掲げていました。もし絶対に起床できる目覚まし時計があったら、寝過ごすことがなくなります。すべての大学生が遅刻せずに大学に来られたら、何て素晴らしいのでしょう。

同時期に行った「夢の箱」の課題で、彼は錠前のついた木箱を持ってきました。カギを開けて中から1本の鉛筆を取り出すと「デザインとは宝探しに似ています。自分は絵を描くのが好きなので、宝箱の中に鉛筆を入れました。この鉛筆はみんなに自分が考えていることを伝えるツールです」と言いました。今思えば、彼にとって夢をかなえるかたちは箱型をしていて、その中身を作り出すために卒制に取り組んでいたのかもしれません。
二股さんは自分のワークショップの回が近付くと、人数分の封筒を用意しました。そしてゼミの前日にメンバー6人を集めて封筒を手渡し、「今夜は枕元に封筒を置いて寝てください。朝起きたら封筒を開けてください」と伝えました。
ゼミの当日、全員が開封済みの封筒を持って集まりました。中には1本の鉛筆と連立方程式を書いた紙が入っていたそうです。みんなは寝起きの頭で問題を解き、答えを出さなくてはいけませんでした。二股さんが紙を回収して答え合わせをすると、6人中3人が正解で、残りの3人は間違った答えを書いていました。
「問題を解いた後にもう一度寝た人?」と彼が聞くと、誰もが首を横に振りました。二股さんは
「寝起きに難しい問題を解かせると、眠気は覚めると思います」と会心の笑みを浮かべました。
「正解、不正解が問題なのではなく、計算した後にもう一度眠たくなるかどうかを知りたかったんです」
と二股さんが言い、みんなは
「眠気が覚めた」とか「数学は苦手だった」とか「自分の高校は進学校だったから、これぐらい簡単だった」
などと感想を述べ合いました。

こうして初回のワークショップで、彼は「大学生に寝起き時の眠気を振り払わせるには、難しい計算をさせる」という仮説を検証したのです。
2回目のワークショップで、彼は人海戦術型の作業を導入しました。
前日の夜、ドライバーを持参するようにというメールが届きました。そして当日、私たちがゼミ室に行くと、人数分の目覚まし時計が用意してあったのです。
「どんな仕組みでアラームが鳴るのか、分解して調べます」と彼が言い、全員がもくもくと目覚まし時計の解体作業を始めました。デジタル時計、アナログ時計、ともに内部には緑色の基盤が埋め込まれており、これがアラームを鳴らしているのだとわかりました。
その日、メンバーの一人がさくらんぼを持って来ていました(山形の学生は、5月末には大学に家で余ったさくらんぼを持ってくるのです)。しかし誰一人として、佐藤錦には目もくれず、作業に集中していました。その姿はワークショップに熟達したプロ集団のようでした。


ワークショップも2巡目となると、彼らの作業内容も多岐に渡りました。ダンス中に目立つTシャツの模様を考えたり、スチレン製のボールにカッターで溝を掘り、飛行距離を計測してみたり、新たなカラーボックスの用途を模索したり、と様々な実験が開催されたのです。たいてい、10分の説明、30分の実施、20分の主催者による解説といったスケジュールで進行しましたが、30分の作業時間はあっと言う間に時間が経つので、最後の数分は「あとちょっと!」「もう2分だけ延長!」という懇願の声が上がるのが常でした。
何度も同じメンバーで取り組むことによって、全員の思考回路は次第に実験志向に変わっていったようです。短時間に集中して考え、時間内に答えを出す訓練も卒制のペースを上げる結果を生み出しました。結果として、この年のゼミでは、何度も実験を繰り返して技法の精度をあげる、もの作りに徹した卒制が多く見られました。
前期末の発表で二股さんは2回実施したワークショップの結果を発表しました。ネットで調べた大学生の平均的な睡眠時間のグラフに加えて、ワークショップから得られた考察を述べたので、充実した発表内容になりました。中間審査では「こうしたい」という希望や願望ばかりが発表されるのが常ですが、実際に手を動かして検証した内容の発表は実に聞き応えがありました。
彼は好調の波に乗ったまま後期を迎え、残りの時間すべてをオリジナルの時計作りに費やしました。アラームを鳴らす回路の設計に苦心していましたが、どうにか卒制展までに完成を間に合わせことが出来ました。彼自身、最後には毎朝8時に起きて、県の商工会議所に回路の設計を教わりに行っていたそうです。

時計のアラーム(左)と同時に基盤の光が素早く点滅して動く。
もぐら叩きの要領で、光っている間に押さないとアラームは止まらない。
「確実起床」は窓に貼る目覚まし時計です。枕元に置くとアラームを消してしまう恐れがあるから、ベッドから起き上がり窓の傍まで行かなくてはいけません。そして鳴り響くアラームを止めるには、もぐら叩きゲームのように、点滅するボタンを瞬時に押しこむ必要があります。光を指で追っているうちに、いつのまにか眠気が覚めているという仕掛けです。どこか携帯電話を彷彿とさせる四角い形状には、「他の形は検討しましたか?」という意見が先生方から寄せられましたし、実際に私も何度も再考をうながしました。


二股さんの卒制「絶対起床」。「絶対に起きられる!そんな頼れる目覚まし時計が欲しい。今、世の中にあるような「時刻お知らせ時計」ではなく、本当の意味で「目を覚ましてくれる」目覚まし時計がもしあったなら…」
しかし二股さんにとってデザインツールの原型が箱の形をしているならば、直方体以外に卒制のデザインは有り得なかったのだろうとも思うのです。彼は目覚まし時計というブラックボックスを解明してアラーム機能を検証し、シンプルな形状で時計の外装をデザインしました。前期中に行ったワークショップでも、彼の作品には立方体をアレンジした形が出てきていました。箱型の形状は、彼にとってはもっとも合理的な造形だったのでしょう。
二股さんは、卒業時のカードにこう言付けてくれました。「どんなデザイナーの授業よりも、杉原ゼミは大学で一番デザインを学べた気がする」と。私はここで謙遜しなくてはいけませんが、アートと工学を学んだ私が、将来の有望デザイナーにプロダクトデザインを教えられたとすれば、検証のステップの有効性が実証できたのではないでしょうか。
卒制で取り組む内容がアートであれデザインであれ、作品制作に理由が必要です。実験と検証のプロセスが、皆さんの卒制の強化にも役立つことを私は願っています。





