You are here: Home // 卒制に勝つ! // 9-3-3.ワークショップ、学生作品例(荒木)

9-3-3.ワークショップ、学生作品例(荒木)

Share |

3.荒木充子さん(2007年度)

荒木さんは、あくなき好奇心と見識の広さを合わせ持つ学生でした。
彼女は夢の箱の課題で、ビートルズとオールディーズのレコードジャケットを壁に見立てた作品を持って現れました。音楽が大好きだという話をしながら、レコードのジャケットを取り外すと、荒木さんの夢の部屋が現れました。お茶を飲むテーブルがあり、最近つまびいているというギターがあり、いつかは置きたいというイームズのラウンジチェアがあり、精巧に出来ているコカコーラのロゴがついたベンチがありました。

「私はライブハウスでアルバイトをしています。そこで友達と会うのも好きだし、自分の部屋で音楽を聴いたり、友達を呼んだりギターを弾いたりするのも好きです」と彼女が言うと、ゼミのみんなが「遊びに行ったことある」「現実の荒木さんの部屋そのもの!」と感嘆の声をあげました。

私たちは、そこから漂う60年代の空気やロックな雰囲気に、荒木さんがグラフィックやインテリアに関連した卒制を作るのだろうと想像したのです。しかし、荒木さんは卒制のテーマに服飾デザインを選び、リクルートスーツのカスタマイズを実施しました。

今振り返ると、あの箱には彼女の幅広い興味がたくさん詰まっていたのではないかと思うのです。荒木さんには俯瞰の視点から物事をとらえる才能があり、豊富なインスピレーションに恵まれていました。ワークショップでも、常にゼミの仲間たちに対して泉のごとく有益な意見を進言することが出来ました。そんな豊かなアイデアに恵まれていた彼女だからこそ、箱という空間にも多くの要素をつめ込んで来たのではないかと思うのです。

しかしその身上が裏目に出たのか、後期も10月を過ぎると、荒木さんは必要以上に過酷なスケジュールを自分に課すようになりました。進捗具合を尋ねると、「来週までに、もう10箇所を縫いなおして仕上げてきます」という答えが返ってきます。予定を組むのは簡単ですが、現実的な制作時間には限りがあります。私は毎回、彼女に「制作予定に優先順位をつけるように!」と言わざるを得ませんでした。ふだん、他の学生には「もっと早いペースで制作しないと!」と注文を出すのが常です。しかし荒木さんの場合は、こちらで緩急を見極めておかないと、常に自分のキャパシティを超えるような計画を立ててくるのです。そんな荒木さんには、膨大な選択肢を検証する上で、実験検証型のワークショップが有効に働いたようです。

荒木さんの卒制のテーマは、「フォーマル×カジュアル レディーススーツの新提案」でした。
これは、就職活動中に荒木さん体験した思いから生まれたテーマです。前期の間、荒木さんは実家のテーラーショップにちょくちょく戻っては、父親にスーツの縫い方を一から教わりました。そして、実際に自分が使用した就活スーツの改造を始めました。前期末、スーツの腕を取り外して、マジックテープで着脱するところまで研究は進みました。
以下に、荒木さんが中間発表で用いたパワーポイントを抜粋して紹介します。


1.研究概要


仕事中(フォーマル) → プライベート(カジュアル)
就職活動中、私は毎日のようにスーツを身に着け、一日中街を歩き回っていた。用事が済んで夜友人と出掛けるときも、着替える場所や時間がない。飲食店の店内には就活生も含め、仕事が終わってからもスーツを身に着けている女性が目についた。
髪型やメイクを変えるように、気軽に形態を変える事ができるスーツがあったら仕事終わりの自分の時間をもっと、楽しむ事ができるのではないだろうか?


2.前回の試作で分かった事

問題点
一人で着脱できる工夫が必要。
マジックテープでは接着面が美しくない。
デザインバリエーションの展開が必要。
この3つの問題点を念頭に、実験・試作を行った。


ここから後期のワークショップで実施した内容が出てきます。
荒木さんの「ワークショップ開催シート」を見てみましょう。

FORMAL×CASUALレディーススーツの新提案 
用途・場所によって形態の変わるスーツの研究

時間配分 説明・プリント配布:5分
            話し合い:10分
               制作:20分
作業内容発表・講評:20分

プログラム
①スーツをしっかり着用した状態でお茶を飲み、
着心地の固さや変えたい所などを話し合う。

②二人ペアになり、相手のスーツに様々な素材で自由に装飾してもらう。
材料 各種布地/各種レース/毛糸/飾りボタン

目的・予想
・一般的にスーツを着用しているとき、どこに心地悪さを感じるか調査する。
・変化形態、デザインバリエーションの研究。

みんなに持ってきてもらう道具:はさみ

ワークショップの当日、彼女からの指令で、就職活動のスーツを着込んだメンバーがゼミ室に集合しました。

私たちは最初の10分間、お茶を飲みながらスーツの着心地を話し合いました。
「生地が硬いからひじが突っ張る感じ」
「普段の服よりも肩と腕の周りがきつい」といった意見が出ました。

次に、二人ずつチームを組んで、相手のスーツに自由に装飾をほどこすことになりました。荒木さんがあらかじめ用意してくれたリボン、毛糸、サテン地の布の中から好きなものを選び、針と糸でスーツに縫い付けて行ったのです。作業の制限時間は20分に限られていたので、考えると同時に縫っていかなくてはいけません。それでも、にわかファッションデザイナーたちは、自分のセンスを信じて一生懸命に取り組みました。堅苦しい印象の黒色のスーツがあっという間に華やかに変身していく様は壮観で、しかも、目の前のモデルがすぐにポーズを取ってくれるものですから、私たちは笑いながらも真剣にワークショップに取り組みました。

やがて発表の時間となり、各自が自分の施したデザインを説明すると、荒木さんは記録写真を撮りました。ここで紹介している写真はすべて荒木さんが撮ったものです。
中には、襟回りをレースで華やかに装飾した今風のデザインもあれば、スーツの裾をチロルリボンで縁取りした民族衣装風のデザインもありました。また、だまし絵風にネクタイの形をかたどったものや、背中に毛糸をハート状に縫い付けたもの、ネックレス状にリボンをぶら下げたもの、ウエストと裾周りに共布を縫い付けたデザインもありました。

極めつけは男子二人組が取り組んだカスタマイズで、一人はどこぞの王室の皇太子のようにリボンをたすきがけにしていましたし、もう一人は夜遊びに慣れたイケメン風に、胸ポケットから花のチーフをのぞかせていました。斬新な彼らの姿は予想以上に似合っていたので、私たちは「なんてステキなの」と笑いました。

最後に、荒木さんがみんなの前に立って今日の成果をまとめました。
「襟回りや裾からリボンや布を出すテクニックは、私もあらかじめ予想していました。ですから、私が一番いいと思うデザインは」と、そこで彼女が言葉を区切ったので、荒木さんの自分のお眼鏡にかなったのは自分の作品ではないか、と皆がドキドキして次の言葉を待ちました。

ここで私自身の感想を言うと、男子二人の変身ぶりが余りにも印象的だったので、あの二人のどちらかが選ばれるような気がしていました。しかし、荒木さんが選んだ結論は違いました。
「私が良いと思ったのは、腰周りの装飾です。最初にみんなでお茶を飲んだとき、座っているとスーツの腰回りに一番しわがつきやすいことに気がつきました。だから、ウエストを装飾するのが、スーツのカスタマイズには一番効果的なのではないかと思います」

私はその結論にワークショップの極意を見た気がしました。あらかじめ仮説を思い描き、正解と不正解のルールを定めておいた主催者だからこそ、出せる結論があるのです。研究の筋を通すとはこういうことを言うのではないか、と私は思いました。

荒木さんはワークショップの結論に沿って、新たな試作に邁進しました。着心地を制限する腕の筒状の布地を取り外し、裏返して、ウエストまわりをカバーする装飾へと変えました。その様子を、中間審査会では級友のモデルを使って数分間の間に変身させてみせました。実験の成果は実にわかりやすく、荒木さんの研究はクラスで十指に入る評価を得たのです。

彼女のワークショップが成功した理由は、「スーツでお茶を飲む時の問題点」として問題点を絞ったことと、この問題に対応する成果をきちんと選んだことです。また、一見有効な他の選択肢を潔く捨てたことも、テーマを整理するうえで有効でした。デザインの可能性が余りに広い時、実験検証型のワークショップは論点を明らかにすることが出来ます。


4.ワークショップで得られたこと

①スーツをしっかり着用した状態でお茶を飲み、着心地の悪さや変えたい所などを話合う。
・腰回りにしわがつきやすい。
・肩、腕に一番着心地の悪さを感じる。

②相手のスーツに様々な素材で自由に装飾してもらう。
・しわになりやすい腰回りへの装飾が効果的。
・一番華やかにイメージが変わるのは襟まわりである。
・腕を取り外すことで着心地の悪さを解決、また、ベストとしてオシャレに着回すことができる


5.試作


6・今後の展開
デザインバリエーションの更なる研究
ファスナー以外にも効果的に使える素材がないか。


年末から年明けにかけて、荒木さんは様々なファスナーやボタンを取り寄せながら、リクルートスーツを改造していきました。それはさながら、レディーススーツのトランスフォームでした。私たちが日ごろツーウェイ、スリーウェイと呼んでいるスーツは、ジャケットとスカートとパンツの組み合わせを変えて着替えるだけに過ぎません。しかし荒木さんのスーツには、就活スーツから華やかなドレス風へと華麗に変身する仕組みがあります。誰よりも着心地にこだわった彼女だからこそ、楽しみつつ、無理なく着こなせる工夫が随所に散りばめられていました。その場で腕を取り外したり、襟を立てたりできる機能性は、従来のリクルートスーツには類を見ない展開です。さらに、必要に応じて元のスーツ姿に簡単に戻すことが出来るのです。


卒制展では、見事にカスタマイズした就活スーツがお披露目されました。傍に置いたファイルには、荒木さんが特別に撮り下ろした写真が収められています。とても一着のスーツとは思えない、変身の工程も見事ですが、お気に入りのライブハウスにモデルを用意して、食事を楽しむシーンにも豊かなリアリティがあります。TPOに合わせて、スーツを着こなしたい女性の願望を見事に体現したと言えるのではないでしょうか。

しかし、残念ながら、優秀賞という結果を出すことは出来ませんでした。
評価する先生7人のうち6人までは男性で、現在の就職活動の厳しさを知らない年代です。「TPOに合わせて、女性のスーツのディティールが変化する嬉しさを理解してほしい」と望むほうが無理だったのかもしれません。男性はスーツのまま仕事にも食事にも行くわけですから。

先生のひとりは「荒木さんらしい、大胆なデザインを簡潔に盛り込んだほうが良かった」と的外れなコメントを残しました。しかし、これ以上に大胆なデザインをコンパクトにまとめることが可能なのでしょうか。ある調査によると、女性がいくらお化粧や髪型やアクセサリーに凝ったところで、男性が見分けられるのは姿勢の変化だけだと言います。

荒木さんが卒業した後、2009年にはココ・シャネルの伝記映画が何本も封切られました。私はその映画を見て、荒木さんの取り組みを思い出しました。シャネルは男性の目線で作られていたファッションに一石を投じ、女性が楽に着こなせるシャネルスーツを生み出しました。最初にシャネルの洋服を熱狂的に支持したのは、社会に進出したアメリカの女性達でした。シャネルが女性の身体をコルセットから解放したように、荒木さんは女子学生の身体をリクルートスーツから解放しました。彼女の卒制がプロダクトデザインという範疇を超えて、現代のリアルな需要に基づき、自分の信じる研究をまとめあげたことを私は誇りに思っています。

Trackback URL

Leave a Reply

Copyright © 2009 Atelier OPA. All rights reserved.
Designed by Theme Junkie. Powered by WordPress.