3つのステップを踏まえて、卒制の最終形態がそろそろ見えてきたかと思います。
それとも、まだ決め手に欠けるのですか?いいえ、もうそんな事を言っている時期ではありません。
早くて10月、遅くて12月初旬には必ずステップ4「外注先を調べる」に取りかかってください。
多くの美大では、ゼミの最終指導はたいてい1月中旬には終わりを向かえます。卒業制作展は1月末から2月下旬に行われますが、大学の年度末の試験や大学入試も同時期に組み込まれています。先生と顔を合わせている1月中に作品を完成させるには、12月中に素材と技法とスケジュールを確定しなければいけません。
何事も早目のスタートが肝心です。年末から年明けにかけては、材料品店や工場は休みに突入して、工房や研究室も一時停止の状態と化します。作業が遅れている4年生ほど、クリスマスからお正月にかけて寸暇を惜しんで作業したいものですが、世の中全体は年度末進行に突入し、学生をかまってくれる状態ではありません。慌しくなる前に、外注の工程を以下の手順で確認しましょう。
外注の意義
はじめに、外注の意義をはっきりさせておきましょう。学生の中には「卒制はすべて自分で作らなくてはいけない」と考えている人がいます。確かにこれまでの授業ではそうだったかもしれません。しかし卒制はその限りではありません。後輩や助手には手伝ってもらうのに、どうして学外の業者にお金を支払って作ってもらってはいけないのでしょうか?美術の世界では本人が作る意義は存在しますが、デザインの世界ではその限りはありません。卒制で問うべきなのは作品の質であり、仕上がりの洗練具合です。「誰に作ってもらったか」よりも「誰がどんな意図で作らせたか」が大事です。さらに「締切に間に合うように作る」ことが何よりも重要です。
どうしても助手や後輩に手伝ってもらうのなら、いっそのことお礼のお金を包んで渡しましょう。
後輩たちは「勉強になるから」と言って、安易に無償のボランティアを名乗り出ます。しかし彼らが約束の時間にきちんと現れる保障はありません。約束した日の夕方にようやく顔を出し、お祭り気分で徹夜の作業を手伝います。こうして、連日、ずるずると夜型の作業を続けます。
4年生と後輩の学生では、卒制に対する真剣さが違って当然です。あなたが健全な生活と精神的な安定を手放してまで、後輩に作業を頼む理由など何一つありません。どうしても友人や後輩に頼みたい場合は、バイト代を渡して勤務時間を必ず守らせて下さい。お金が介在すると、急に責任感が生まれます。後輩達も遊び気分が抜けて、真剣に取り組むようになりますし、こちらとしても集合時間を守らせたり、やり直しを命じることが容易になります。後輩たちも、熱意があるけれどやたらと徹夜を強いる先輩よりは、予定と金銭感覚が明確な先輩と付き合うほうが、良い経験を積む事ができます。
それでも、学生相手に作業内容を管理するのは大変です。同じ苦労を重ねるのなら、ぜひ社会人に発注することも検討してみて下さい。つまり、外注費用とは、品質と〆切の保証金だと割り切れば良いのです。
外注先を調べる手順
1.卒制の材料を決める (素材名、量、工法を決定する)
2.材料の入手先を確認する(ネットや電話帳でお店の営業時間、電話、住所をメモする)
3.値段を交渉する(材料名と数量を伝え、納期と値段を聞く。年末年始の状況も聞く)
4.合い見積もりを取り、発注する (他店舗にも問い合わせる。他に似たような良い材料がないか聞く)
5.作品以外に必要なものをリストアップする
6.仕上がりを確認する
1.卒制の材料を決める (素材名、量、を決定する)
アイデアによって卒制の最終形態が決まるわけではありません。手に入る材料、使用可能な工具、機器と技法で仕上がりが決まるのです。迷いを捨てて、自分の予算内で買える材料に的をしぼりましょう。夢の箱(参照:9-1)を作ったときと同様、入手可能な材料で卒制は完成するのです。現実的に、自分が手にできる材料は何があるのか、リストアップしてみましょう。近くの材料品店で買えるものは何ですか。必要な物が無ければ、ネットで検索してみましょう。
2.入手先をインターネットや電話帳で調べる
最近では何でもネットで取り寄せることができます。材料によっては、地元の店舗よりも、ネットの店舗のほうが安くてたくさんの種類を揃えているかもしれません。目ぼしい店舗を複数ピックアップしたら、材料の単価の他に、送料の検討もお忘れなく。
材料を加工してもらう場合は、ネットで調べた遠方の工場より、地元の工務店が頼りになる場合もあります。先生や助手をつかまえて、地元に適当な店があるか尋ねてみましょう。たいてい美大の周りには、先輩たちが代々卒制を頼んできた工場や工務店があります。
3.値段を交渉する (材料名と数量を伝え、納期と値段を聞く)
美大周りの店舗では、学生の懐事情を汲んで、特別価格で対応してくれる店も少なくありません。ダメもとで、「○○大学の学生です。卒業制作に使いたいのですが、安くなりませんか」と聞いてみましょう。値段は下げられないけれど、量を多くしてくれるとか、丁寧に作業してくれるとか、親切な対応が望めるかもしれません。
しかし、相手がネットの店舗の場合は、ドライな対応を覚悟しておくべきです。メールで問い合わせても、こちらが学生とわかると、とたんに対応が鈍くなる会社もあります。購入希望の材料に関して、数量や値段、種類で迷っている場合も、電話で問い合わせてみましょう。材料専門店の中には「小売はしません」「学生には販売しません」と事務的に断ってくる会社もあります。その場合は、ゼミの先生に頼んで、代わりに電話口で交渉してもらうしかありません。社会人が相手となれば、途端に態度を変える業者や職人がいることも事実です。
しかしこの時期は1日でも惜しいもの。先生に会って電話を頼むのに一週間後待つよりも、自力でもっと良心的な店を探したほうが話が早いかもしれません。とにかく、この時期に優先すべきは納入日時です。卒制の〆切に間に合わせるためには、八方手を尽くしてみましょう。
4.合い見積もりを取り、発注する
余裕があれば、数社から見積もりを取ってください。材料代、加工代、送料、納入日を比較するためです。
しかしあなたが切羽詰っている場合は、高くてもすぐに買うしかありません。タイム・イズ・マネーです。締め切りの期日が迫ってくると、選択肢も減っていくので、少しでも早く外注先を調べたほうが吉と出ます。
せっかく材料を取り寄せて、外注で加工してもらっても、仕上がりを確認したとたん、「もう一度作り直したい」と思うことも少なくありません。その時、もう一度発注する財力と時間があなたに残っているでしょうか。
早めのスタートが肝心なのは、柔軟に対応してもらうためでもあります。人を介した作業では、制作日数や予算を多めに見込まなくてはいけません。おそらくあなたは、最低限の予算と日数を見込んで業者に頼むと思います。しかし、社会人の相手はもちろん土日は休みますし、数日多く余裕を見て、仕上がり日を算出してきます。また、既に仕事の予約がつまっていれば、あなたの作業は当然、後回しにされます。美大の締め切りに合わせて、クリスマスやお正月でも不眠不休で協力してくれるのは、気のいい後輩とあなたの家族ぐらいです。身近な人に手伝いを頼む場合、金一封を包んでも良いと思う理由は、「大事な時期にどうしても無理を聞いてもらう」ためでもあります。
ネットの店舗に比べて、地元の工務店には多少の交渉の余地があります。
初めに電話をかけて、「何をどんな風にいつまでに作りたいのか、予算はいくらか」を伝えましょう。たいてい「図面が欲しい」と言ってきますので、すぐに寸法と材料を記したメモをFAXで送りましょう。しばらくしてから電話をかけなおすと、だいたいの値段を教えてくれます。
でも、学生にとっては、びっくりするような値段が出てくるかもしれません。これまでの各ステップで数万円ずつ消化して、金銭感覚を鍛えておいたあなたでさえ、6万円とか12万円とか言われたら、一瞬凍りつくかもしれませんね。でもそれが外注の値段なのです。材料費、加工費、人件費に、工場の手数料を足すとそういった金額になります。
近場なら、日時を約束して直接工場に相談に行きましょう。たいていどの工場もざっくりと見積もっているはずですから、「安くしてほしい」とか、「優先的に早く仕上げてほしい」などと頼むと、気のいい職人さんなら「しょうがないなあ。そんな安い値段で頼まれたら、こっちは商売上がったりだよ」と言いつつも、聞き入れてくれるかもしれません。
あるいは、剣もほろろに断られるかもしれません。でも、私は三顧の礼を尽くした学生を知っています。10月中から何度も工場に通い、12月中にはどうにか生産ラインに割り込んで作品を作ってもらったそうです(参照:10-2)。
たいてい、工務店には通常の業務があります。学生が飛び込んで制作を依頼しても、急に対応してもらえるとは限りません。だからこそ早めに数社に打診して、一番安く仕上げてもらえるところと、一番早く仕上げてもらえるところを調べておきましょう。あとは自分のお財布と相談して、発注を決断するのです。
5.作品以外に必要なものをリストアップする
材料の手配や加工を外注している間、あなたがすべきことは何でしょう。しばしの小休止?いいえ、違います。卒制展をイメージしてみて下さい。作品の他に必要なものはありませんか。ディスプレイの台はどうしますか。スポットライトは必要ですか。説明を記したパネルは必要ですか。それともハガキサイズの案内状を作って配りますか。このように、作品本体以外にも準備すべきものがあるはずです。その中で、何が一番重要なのか良く考えましょう。
◇台は必要?
作品本体が自立する大きさではない限り、台は絶対に必要です。どんな高さの台を作るのか、大学から借りるのか、家から持ち込むのか考えましょう。搬入手段で車を手配する必要が生じるかもしれません。
◇ポスターやDM、映像を制作する?
この作業は、他学科の友人や、後輩にバイト作業として振り当てても構いません。
でも、自分で作っても楽しいものです。
私のゼミでは、たいていグラフィックが得意な誰かが、まとめてカードを作っていました。
◇作品を紹介したファイルまたはパネルは?
研究のまとめだけは自分で行いましょう。先生に卒制の研究内容を伝えるためには、紙媒体の資料が絶対に必要です。無駄かもしれません。貼りだしても、配布しても、展示会では誰も見ないかもしれません。でも、資料を用意できるのはあなたしかいません。ですから自分で作って下さい。
賞の審査を行う先生には、A4サイズ2枚程度の資料を渡しましょう。紙の無駄?いいえ、研究内容を理解してもらうためには、現物以外にも文字と写真でアピールする必要があります(論文をまとめてみませんか?詳細は次のページにて)。先生はその場で見ないかもしれませんが、必ず研究室か家に持ち帰ります(そして自分の机に乗せます)。先生とはそういうものです。
以上、一連の作業を全部を一人でこなそうとすると、とても時間が足りないでしょう。ですから、お金で人に作業を発注することを検討しましょう。やがてあなたも社会人になれば、仕事を一人で抱え込むのではなく、優秀な人材に作業を的確に振り当てることも仕事の一部だとわかるでしょう。しかし、どうしても全部、自分でやるんだ!という人は、スケジュールを前倒しして頑張って下さい。
6.仕上がりを確認する
人に仕事を発注するのは楽な作業でしょうか。実はそんなに簡単ではありません。出来上がりを見たとたん、「何か違う」と思うことは往々にしてあるからです。自分の伝え方が足りなかったのか、図面にミスがあったのか、相手の作業の方向性が違ったのか。原因は様々ですが、違和感が生じたら、それは理想と異なった証拠です。
「どうして、このような仕上がりになったのですか?本当はこうしたいのですが」と、即座に相手に聞いて下さい。そうすれば相手も率直に答えてくれるでしょう。「こう仕上げたのには理由があります」「え、そんな希望があったんですか」
相手も、良かれと思って作業してくれた結果ですから、少しは不機嫌になっているかもしれません。
そこを丁寧に頼んでみましょう。「ここをこう直せば、もっと思い通りの仕上がりになるのですが」すると、「直すのは無理です」「再度、作業するには同じぐらい料金がかかります」と、答えが返ってくるでしょう。改めて、予算と日数と自分の想像の仕上がりの間に折り合いをつけてみましょう。現在の結果に納得がいかないのなら、再度作ってもらうしかありませんし、締め切りが迫っているのなら、ここで妥協するしかありません。
細部の直しは作品の印象を作用します。
実はこの細部の修正が重要です。最後に何回作り直せたか、細部に幾らお金をかけて修正を重ねたかで、作品の出来栄えが変わってくるからです。
夢を追いかける学生たちは、卒制ではアイデアが命だと思っています。しかし現実的な先生は、卒制では仕上がりが肝要だと知っています。作業を外注した経験がある人は、「必ずしも初回で思い通りに仕上がるわけがない」と知っています。自分と他人の間にはイメージのギャップもあれば、出来る作業の違いもあるわけです。何度もディティールに修正を重ね、理想と技術との間をつめてこそ、希望通りの形が完成するのです。
先生たちはこの最終調整の重要性を良く知っています。
かつて、私の同僚の先生は、卒制展の判定会で、かなりこみいった質問を学生にぶつけていました。
「この角はどうして尖っているの?」
「これは自分で作ったの?」
「この色はこれで満足しているの?」
それは、学生に対する非難ではありません。作業全体を、本人がどのぐらい意図的にコントロールできたかという管理能力を問うているのです。
ある年、私の同僚の先生は、曲面がきれいなテントを作った大学院生に、執拗な質問を繰り返していました。
先生 「この布地は薄くていいですね。どこで取り寄せたの?」
院生 「ネットです」
先生 「角の曲線が綺麗に縫ってあるねえ。君が縫ったの?」
院生 「いいえ」
先生 「誰が縫ったの?」
院生 「お母さんです」
先生 「お母さん、苦労したでしょう」
院生 「はい」
先生 「お母さんはタダで協力してくれた?」
院生 「はい」
先生 「こういうのが得意なのかな?」
院生 「いいえ。ぶつぶつ文句を言っていました」
余りにも熱心に質問していたので、その先生は、学生のお母さんに何かを発注したいのかとさえ思いました。
先生が後から教えたところによると、「学生の中には、どこで作ったのか決して明かさない学生もいます。そういう場合、その卒制の技法はずっと秘密裏に守られたままなのです」
卒制では学生の管理能力、つまり、制作管理も技量のうちとみなします。
外注する際は、納期、値段、修正は無償か有償かをきちんと確認しておきましょう。
外注先を調査した過程は、10章の学生インタビューの中でも出てきます。参考にして下さい。
10-1.高橋明希さんに聞く (3) 製作費30万円、外注から展示まで
10-2.伊澤徹さんに聞く(2) 「光る服」の試作と織会社への発注
10-3.佐藤亘さんに聞く(3)試作から本制作まで
10-4.若槻千鶴さんに聞く(3) 卒制のコンセプト、外部コンペでの受賞





