Capsule Architecture Project

カプセル建築プロジェクト

カプセル建築プロジェクト

ATELIER OPAと工学院大学鈴木敏彦研究室では黒川紀章のメタボリズム建築を「カプセル建築プロジェクト」として研究しています。capsule-architecture.com

カプセル建築プロジェクト

コロナ禍によりリモートワークが普及してきました。いつでもどこでも、暮らし、働ける生き方を1969年に「ホモ・モーベンス」として予言し、住居の最小単位をカプセルとしてとして提案していたのが、日本を代表する建築家の黒川紀章(1934-2007)です。ATELIER OPAファウンダーであり、工学院大学建築学部教授である鈴木敏彦は、1984年から90年に黒川紀章建築都市設計事務所で黒川紀章に薫陶を受けました。その頃既にカプセル建築は下火となり、国内外の大規模プロジェクトを担当しましたが、直接の対話から、茶室やモバイル建築に対する考え方など、現在の仕事にも通じる大きな影響を受けました。

1972年に東京、銀座で完成した「中銀カプセルタワービル」解体が2022年3月の解体に迫る中で、改めてカプセル的な場所や空間の価値を再評価しようというのが本研究の主旨です。そこで、かつて黒川紀章建築都市設計事務所でカプセル建築を担当した阿部暢夫氏、茂木愛子氏にインタビューを行いました。また、長野県にて「カプセルハウスK」の動態保存活動を行う長男の黒川未来夫氏とや、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」でカプセルの再利用を計画する前田達之氏、イタリアのミラノ工科大学にてカプセル建築を研究するマルコ・インペラドリ教授の研究室と協力し、国内外の意見を集約しながらカプセル建築を議論していきます。建築写真は写真家の山田新治郎氏に撮りおろして頂きました。

これまで、カプセル建築の系譜として、1969年の「カプセル宣言」、1970年の大阪万博の「空中テーマ館カプセル住宅」、1972の「中銀カプセルタワービル」、そして1973年の「カプセルハウスK」についてまとめました。また。カプセルのルーツとしては大阪万博の理容機器のショールームの「タカラビューティリオン」が有名ですが、同万博会場にあった「空中テーマ館住宅カプセル」こそ、黒川紀章のカプセル建築の思想の源が見られる作品だということがわかりました。また、1979年の「カプセル・イン大阪」(1979)こそ、多様化し発展を遂げたカプセルホテルの原点であり、カプセルベッドという家具の大量生産の第一歩を踏み出した場であったことを振り返ると、改めて黒川紀章の先見性が明らかになりました。鈴木はその研究を引き継ぎ、2020年に「ダンボールスリープカプセル」を開発しました。

私たちはなぜカプセルにひかれるのでしょうか。機能性、デザイン性、日本由来の狭小性、建築が新陳代謝するならば交換しながら使い続けるという持続可能性など、時代の需要に即したコンセプトは今なお次世代に受け継ぐ設計のヒントに満ちています。

 メディア掲載

カーサ・ブルータス2021年8月号 黒川紀章のカプセル別荘が宿泊施設へ。その全貌を徹底解剖!

毎日新聞 2021年6月7日 泊まればわかる? 黒川紀章「カプセル建築」の現代的意義

Suumo ジャーナル 50年前にモバイルハウスやテレワークを予言!? 黒川紀章のカプセル建築が再注目される理由

2021年6月9日 毎日新聞夕刊、6月12日毎日新聞長野版朝刊 「黒川紀章の別荘、民泊施設に カプセル建築、体感 73年作品『意義を問い直したい』」

2021年4月14日 TimeOut英語版 Kisho Kurokawa’s Metabolist masterpiece Capsule House-K is being restored into a holiday villa

2021年4月8日 タイムアウト東京 山奥に眠るメタボリズム建築の傑作が宿泊施設へ

2021年4月9日 Sankei Biz Yahoo!ニュース 「黒川紀章の知られざる別荘「カプセルハウスK」 50年の時を経て一般公開」

2021年4月8日 architecturephoto(アーキテクチャーフォト) 「黒川紀章が1972年に完成させた「カプセルハウスK」を保存・公開するプロジェクトが発足。2021年5月の公開を予定」

2021年4月7日 プレスリリース 工学院大学、黒川紀章の「カプセルハウスK」を 共同で保存活用、5月公開

写真撮影:山田新治郎

カプセル建築プロジェクトのお問い合わせ
杉原有紀、鈴木敏彦 info@capsule-architecture.com

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